寄席だより十月号
 
上席昼の部は金時改め五代目三遊亭金馬襲名披露興行
 10月上席の昼の部は五代目金馬の襲名披露が行われる。
 新・金馬は1986年3月父の四代目金馬に入門して、前座名は山遊亭金時、平成元年 の89年9月に三遊亭金時で二ツ目。
 98年9月金時のまま真打に昇進し本年9月五代目金馬を襲名。本名松本晋平。62年 11月24日、新宿区生まれ。
 
四代目金馬は金翁と改名1日(木)と5日(月) に当席からご挨拶
 五代目金馬襲名にともない四代目金馬は三遊亭金翁を名のる。当席、金馬襲名興行の 1日(木)と5日(月)に高座に登場する。金翁は41年(昭和16年)に三代目金馬に入門 、終戦の45年8月山遊亭金時から三遊亭小金馬で二ツ目。58年3月に真打、67年3月4代目 金馬を襲名し同時に落語協会へ入会した。小金馬時代にNHKテレビ「お笑い三人組」で人気スター となった。満91歳、来年噺家80周年をむかえる。
   
金馬代々、三代目は昭和落語の大功労者
 <金馬>の亭号は幕末から明治初期まで<立川>だった。三遊亭金馬の初代は明治26年 の頃で、二代目金馬がのちに金翁と改めた。三代目金馬は東宝名人会に出演し生涯をフリーで おくった。昭和初期からレコードが売れ、落語収録はSP盤160枚を越えたという。「居酒屋」や 「孝行糖」の名人芸で、落語の面白さを日本全国に知らしめた。64年11月9日、70歳で亡くなった。 <参考資料は橘左近著「東都噺家系図」(筑摩書房)」
中席夜の部は落語芸術協会3名の真打披露興行
 昔昔亭A太郎、瀧川鯉八、伸三改め桂伸衛門の3名。5月上席が変更になったもの。 <A太郎>前座から真打までA太郎で通す。アルファベット記号真打は初。06年桃太郎門下 、京都市出身。<鯉八>06年鯉昇門下、こちらも前座から、こいはちで通す。鹿児島市出身。<伸衛門>06年 雷蔵門下のち伸治門下、雷太、伸三をへて真打で伸衛門。
漫才界の大御所 内海桂子逝く 97歳
 漫才協会名誉会長内海桂子師匠が8月22日に亡くなった。23年(大正12年)1月浅草の生まれ で、38年(昭和13年)漫才初舞台。50年桂子・好江のコンビ結成。長年漫才界トップの座を占めて 好江師匠亡くなる97(平成9年)までつづいた。その後は漫談で、その存在を大いにはっきした。

 三代目金馬の直弟子で現在も活躍しているのは金翁(四代目金馬)と桂南喬の二人。 三代目は、トリは人情噺や大ネタを出すものとされる落語界で、 ”トリで前座噺をやって客を納得させたら一人前の真打だ”と。新・金馬も 、”親父から聞いてはいますが大変難しい事かもしれませんね。”

 落語協会に5人の新役員が誕生。その中で異色は、芸歴まもなく50年の夢月亭清麿 が新監事になったこと。初仕事は新型コロナウイルス感染予防の対策。協会きっての知恵袋 の清磨に期待は大きい。

 当席、8月31日(月)夜の「小痴楽と若手の会」が大盛況。落語芸術協会で小痴楽の先輩、 小助六、夢丸、後輩の鯉八(現在真打披露中)、宮治(来年2月真打昇進)が出演。当席の1階席が は桟敷席もふくめ前売りで完売した。

 落語協会は来年3月、三遊亭粋歌(女流)、柳亭市江、柳家小太郎、春風亭正太郎、三遊亭めぐろ、 が真打に昇進、正太郎は大名跡九代目春風亭柳枝を襲名する。

 八代目柳枝に入門した現役の噺家には、前座名枝女吉の三遊亭円窓と前座名枝二の春風亭栄枝がいる。 八代目柳枝は59年(昭和34年)55歳没。

 講談の人間国宝神田松鯉を祝う会が松鯉が長年住んでいる板橋区で公演(11月14日(土)昼 板橋文化会館)。兼好、菊之丞、白鳥と江戸太神楽社中によるお祝いの獅子舞も登場。

桂子師匠が亡くなった
落語、落語芸術の協会員ではなかったから、当席の出演は少なかったネ
それでも人形町末広や東宝名人会が閉じる時には出演していたよ
そういう肝心な時には桂子・好江ははずせなかった
伊勢丹の館内放送の呼び出しで、ヨシエケイコ様ってぇのがあったらしい
そんな姓名あるかも
よしッ、そのネタ戴きと、よそでケイコヨシエ様でやったら、ケイコって苗字は どんな漢字書くんだって突っこまれて弱ったよ
そそっかしい
桂子師匠は沢山弟子がいたけど、弟子がやめる時、”あっそうなの”って、やめる理由を あまり聞かなかったそうだよ
楽天家で前向き、苦労はいろいろあったと思うけど
ある噺家は前座の弟子の行状に悩んでしまって、その弟子の高校時代をマネージャーに 調べさせたのがいる
桂子師匠は絶対にしないッ
その噺家は桂子師匠よりひと回り以上若いけど、すでに鬼籍に入っているよ
だから、長生きは深く考えたり悩んだりしない事が結論、おあとがよろしいようで
終わっちゃダメッ、奴さんを踊るんだからッ
桂子師匠の声が聞こえる