落語芸術協会 桂歌丸会長 死去
 桂歌丸が平成30年7月2日に81歳で亡くなった。
 歌丸は1936年(昭和11年)横浜市生まれ。中学3年生の時に先代・五代目古今亭今輔門下となり、52年4月に前座名今児で初高座、54年11月二ツ目。 一時、失職ののち61年2月兄弟弟子の桂米丸門下へ移り米坊、64年1月歌丸と改めた。真打昇進は68年3月。04年(平成16年)1月二公益社団法人落語芸術協会会長就任。 10年7月横浜にぎわい座の二代目会長。受賞は数多いが、芸術祭賞(89年度)、芸術選奨文部科学大臣賞(05年度)、旭日小授賞(07年度)文部科学大臣表彰(16年度)など。 門弟は歌春、歌助、歌若、歌蔵、枝太郎。著書には「極上歌丸ばなし」、「座布団一枚!歌丸のわが落語人生」がある。
長編人情噺、怪談噺 円朝作品に尽力 「笑点」は誕生からの出演
 歌丸は落語中興の祖、近代落語の祖といわれる三遊亭円朝の人情噺や怪談噺にも挑戦し長編落語の復活に貢献した。円朝作品では「真景累ヶ淵」、「怪談牡丹燈籠」、「怪談乳房榎」、 「塩原多助一代記」などで、昨年7月の<盛夏吉例円朝祭>公演では先人も演じていない「真景累ケ淵」の最終話”お熊の戯悔”を酸素チューブをつけて約50分の高座をつとめている。人気テレビ番組 笑点「第1回からのレギュラーで、06年には司会者となり番組50周年の16年まで担当した。
歌丸の師匠は 先代古今亭今輔と現役最長老の桂米丸


 先代・五代目今輔はお婆さん落語で人気、落語芸術協会の第2代会長。昭和51年58歳で没。米丸は大正14年生まれ、93歳の現役噺家。落語芸術協会第3代会長で、五代目今輔の総領弟子。


落語協会の5名が真打に昇進、当席は10月上席夜に昇進披露
 新真打5名は次の通り。
<志ん橋門下 駒次改め>古今亭 駒治  <さん喬門下 さん若改め>柳家 小平太
<花緑門下 花ん謝改め>柳家 勧之助  <正蔵門下 たこ平改め>林家 たこ蔵
<菊千代門下 ちよりん改め>古今亭 駒子
 歌丸は落語芸術協会の会長も笑点の司会者も、ともに第5代だった。協会会長は、先々代・六代目柳橋、先代・五代目今輔、米丸、先代・文治のあと会長に。笑点は、談志、前田武彦、三波伸介、先代、五代目円楽を経ての司会者。
 今月11日は円朝忌。菩提寺の谷中全生庵で、午前10時より読経がはじまる。没百八十年目の今年も扇子供養や奉納落語がとり行われる。
 当席今月31日(金)は昼夜の特別公演で〔落語立川流の会〕(昼夜入替え)。落語立川流は昭和58年に設立の際には家元談志と15名の一門だが、現在は60名を超す勢い。家元談志の病床で安来節を踊って師匠をよろこばせたという 立川平林(ひらりん)も今秋真打に昇進。
 落語協会の〔謝楽祭・2018〕が9月9日(日)、湯島天満宮で10時より16時まで行われる、雨天決行。芸人屋台、謝楽祭寄席、福扇、手ぬぐい、デザイン手帳など協会限定品も用意。特設舞台では芸人のウラ芸なども、日頃の お客様に感謝をこめて披露。
 落語芸術協会の〔芸協らくごまつり〕(西新宿、芸能花伝舎)は9月30日(日)、詳細、お知らせは来月に。  
 鶴光、鶴瓶らの師匠六代目笑福亭松鶴の生誕百年祭落語会が、来月、9月上旬に大阪天満天神繁昌亭で興行。六代目松鶴一門総領弟子の仁鶴は昨年6月から休養中だが、特製プログラムに題字とあいさつ文を寄稿。
終戦の日、歌丸師匠は横浜にいたのかな?
いや、疎開先の千葉にいたらしいよ
師匠の誕生日は8月14日、9歳になった翌日だ
横浜から祖母が迎えにきた
師匠はおばあちゃんっ子だったようだな
遊郭を経営、色街の三婆ぁの一人だったと、師匠は言ってるネ
終戦直後からラジオで落語
金馬、柳橋、柳好、師匠となる今輔など聴いていた
若き爆笑王歌笑も
学年で一年上の談志師匠は歌笑の交通事故死には泣いたというネ
中2の歌丸も大ショックだったろうな
師匠が<歌丸>を名のったのは東京五輪の年、昭和39年の1月、それまでの芸名は米坊(よねぼう)
当末広亭から、今のテレ朝で「日曜演芸会」を生中継していた時代だ
番組担当の遠藤義臣(よしおみ)当席支配人が二ツ目米坊を抜てき出演!
スゴイことだ
米坊では幼いから、遠藤支配人は<歌丸>がいいと
歌丸、デビューの一席は?
新作<鏡と女>
長い髪を梳(す)く新星歌丸の仕草に寄席もお茶の間でも大ウケだった
歌丸門出は当席でござーい

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