今月上席夜の部は真打昇進披露 三木助、こみち、志ん五
 上席夜の部は落語協会の、三木男改め桂三木助、柳亭こみち、志ん八改め古今亭志ん五、以上3名の<真打昇進ならびに襲名披露興行>。協会幹部やそれぞれの師匠が並んでの<口上>ののち、三木助は3,6,9日 、こみちは1、4,8、10日、志ん五は2、5、7日に主任をつとめる。
○〔桂三木助〕03年9月馬生に入門、前座名金原亭駒春、06年11月二ツ目で桂三木男、17年9月真打で五代目三木助を襲名し真打に昇進。祖父は三代目、叔父は四代目三木助。
○〔柳亭こみち〕03年柳亭燕路に入門、06年11月二ツ目、17年9月真打、前座から柳亭こみちの芸名。夫は漫才の宮田昇で二児の母、東京都東村山市生まれ。
○〔古今亭志ん五〕03年2月初代志ん五に入門し章五、06年11月二ツ目で志ん八、10年師匠没後は志ん橋門下、17年9月二代目志ん五を襲名し真打、埼玉県川越市生まれ。
小円歌が二代目立花家橘之助に 当席は来月中席昼に披露
 落語協会の色物、三味線漫談の三遊亭小円歌が明治、大正、昭和にわたり、名人とうたわれた浮世節の立花家橘之助 (たちばなや・きつのすけ)の二代目を82年ぶりに襲名する。
 小円歌は今年の4月23日に亡くなった三代目三遊亭圓歌に80年3月に入門。92年6月あす歌から小円歌と改名。この時も周囲から二代目橘之助の襲名の話があったという。東京は台東区生まれ、来月3日が誕生日で57歳。初代は 芝居「たぬき」のモデル(山田五十鈴主演)となった名人。
三笑亭夢太朗が日本演芸家連合の新会長に就任

 長く三遊亭金馬が務めていた一般社団法人日本演芸家連合の新しい会長に三笑亭夢太朗が選任された。
 日本演芸家連合は夢太朗が所属の落語芸術協会、前会長金馬所属の落語協会、そのほか講談協会、日本浪曲協会、 日本奇術協会、太神楽曲芸協会など東西14団体のまとめ役をする法人。夢太朗は67年に三笑亭夢楽(05年没、80歳)門下、落語芸術協会理事も兼任。
 新三木助の祖母、三代目夫人は健在で、日本舞踊で花柳寿誠(としせい)の名をもつ。三代目が夫、四代目は息子、五代目は孫と、三代にわたり<桂三木助>を見守る幸せ者。
 早大師弟真打誕生は柳亭燕路、こみち。落語協会主催新真打3名の昇進パーティでは早稲田大応援団も駆け付けたと聞く
 早慶前夜、慶応ナインは三代目三木助を招き落語を聞いた(「東京かわら版」で佐々木信也談)。三代目は大の野球好きで自宅の電話番号も0089、現在も使用中。
 志ん五は披露興行がはじまった9月下席の28日が初代志ん五の命日(10年没)。初代夫人は大学在学中に当末広亭でバイト。当席の縁で噺家になったのが故談志と小三治。噺家のお内儀(かみ)さんになっているのも 2、3名いる。因みに志ん五と初代志ん五夫人は立正大学を卒業。
 中席夜の部主任桂米福は富山県出身。東京の落語界は落語芸術協会、落語協会、五代目圓楽一門会、落語立川流の4団体あるがそれぞれに富山県出身者がいる。落語協会は柳家さん生、圓楽一門会は三遊亭良楽。米福、さん生 、良楽は富山市出身。立川流はいま最もチケットのとれない噺家立川志の輔で射水市出身。
 桂きん枝が再来年、2019年春に<桂小文枝>がを継ぐ事が決まった。桂小文枝の名は先代文枝(文枝、文珍、きん枝らの師匠)27年も名のっていた懐かしい名前
立派なお医者さんが105歳で亡くなった
目からウロコって言うだろう
よく聞く言葉だ
物事急にわかって考えが変わる、ってことかな
落語で目から鱗が落ちたよ
落語には地口落ち、考え落ち、落ちには何種類もあるけど、鱗落ちはないよ
三方一両損っていう落語があるだろう
三笑亭可楽の十八番だ
そうそう、先代可楽があの咄の中で、”人間、出世したくない、出世するような災難には会いたくない”
大岡越前守に訴えた
出世は災難、まさにその通りと思ったネ、過去の英雄たちも必ず災難を経験しているよtd>
噺家は、出世は災難と言ったら負け惜しみ?
いやいや、亡くなっているが、超売れっ子の噺家が”売れているっていう事は辛い事だよ”としみじみ語っていた
他の人にはわからない苦労
先輩噺家が出世は災難と言っているでしょと、その噺家に言ったら、”そうだったな、落語はウソをついていないな”と、苦笑いしていたよ
大切な落語を忘れていたとは、やはり鱗落ちじゃなくて間抜けだよ

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